美味いメシ屋。

お昼はたいてい、家で一人でメシを作って食べるのだが、時々は定食屋などに行って食べる。その時々のうち、さらに時々はチェーン店の牛丼屋に行くのだが、ここでかかっている音楽がいわゆるJ-POPで、その前向きな歌詞やこれでもかというほどにコンプをかけた平坦なサウンドやそこまでせんでもというほどの感情を込めた歌いっぷりに、いつもガックリと肩を落とす。ガックリと肩を落としながら牛丼を食べる。
世間はこれでいいのだろうか、と思う。この非道い音楽を聴きながら牛丼を食うことを良しとしているのだろうか、と思う。音楽を止めてほしいと切に願う。そういう意味においてはオレは音楽が嫌いなのかも知れない。呑み屋にも、メシ屋にも音楽が鳴っててもらいたくない。ジャズなどもってのほかだ。いらない。


そういう場にはたして音楽は必要とされているのだろうか、オレみたいな考えはマイノリティなのだろうか、と考えてみた。メシ屋や呑み屋のBGMはもしかしたら提供する側のひとりよがりなのではないだろうか。その件に関して、提供する側は抜本的に考えたことがあるのかどうなのか。サービスの強要なのではと疑ったことがあるのだろうか。
しかし最近はなんとかコンサルタントとかいうのがいて、BGMにどのような音楽を流すと売上が倍増するとかを業種ごとに分析したりして、チェーン店などはそれを鵜呑みにしている可能性も十分あり得る。「BGMあり」が崩れない前提としてまずあって、その前提は疑う余地がなく当たり前のこととしてそこからモノゴトを考えている可能性も十分にある。なんとかコンサルタントはつねにアヤしい。


メシはおいしく食べたい。やはりオレの場合、美味しく食べるためにはそのようなイヤな音楽が鳴り響いている環境のお店を選ばないというのがベストなのだ。とはいえ牛丼は安いので、価格>イヤな環境、という図式になってしまうことがままある。実に情けない。