既得権益。

実はある企画のCDを制作したくて、その準備をしているところなのだが、とても困難なことにぶち当たっている。いや、金さえあれば困難でもなんでもないのだが、いかんせん金のないレーベルにとっては困難なことである。楽曲が自由に使用できないのである。いい曲なのである。その曲を是非別の解釈にて新たなハートを吹き込みたいのである。
通常JA○RACという部署は権利者の楽曲を第三者が管理するべくつくられた組織で、まぁ様々な問題はあるけれども、百歩譲って「まぁだいたいうまく運営されている」。ところが、'50年代、'60年代の楽曲というのは作曲者がメーカーに専属で曲を作り、メーカーが作曲者に援助金(というのかな、給料というのかな)を出していたという状況があって、そうまでしたのだからメーカー側がその楽曲の利権をゲットし、その楽曲を使用する場合はJA○RACに支払う著作権料以外に「専属解放料」というのをメーカーに対して支払わなければならない。
そしてその専属解放料というのはメーカーによってまちまちで、それは公的なルールではなくメーカーが決定したルールであり,楽曲を使用する時にそのメーカーのルールに従わなければならない(というか、私個人の意見としては従わなくてもいいと思うんです,実は。その場その場の双方の話し合いで決めればいいことだと思うんです、オレは)。
で、そのルールもまちまちであれば対応もまちまちで、X社の場合は「ああ、いいですよ。おおよそ一曲につき△円かかりますからー。」みたいなとても風通しのいい感じの対応なのだが、Y社の場合は「そのミュージシャンのプロフィールと、使用目的と企画内容を所定の紙に記入して返送してください。なお楽曲使用許諾と審査結果には3週間ほどかかりますので。」みたいな、まるでお役所対応なのだ。まったく話し合いの余地なし。オレが出させてやんだからよ、みたいなものすごい上から目線。テメーじゃねーだろ、作曲者のお方だろ、とこちらは言いたいわけですが、大人気ないので言わないんですが。
そもそも一番シンプルなのはたとえば田中次郎さん(仮名)の作曲した「千駄木の夜」という楽曲を中村太郎さん(仮名)がギター演奏によってCDで発表したい,と。その場合中村さんが田中さんに「あなたの作られた『千駄木の夜』を私のギター演奏で再演したいのですが、つきましてはその許可を与えてはいただけないでしょうか」と直接問い合わせるべきところであって、その時田中さんの経済状況や心情がどのように傾くかによってその楽曲が使用できるかどうかが決定するのがスジである。たとえば田中さんが「あ〜、もう自由に使っちゃってください。どんなアレンジでもかまわんよ。ロハでもかまわんよ」あるいは「わしの曲は誰にも使用許可を与えんのじゃ」もしくは「ああ、あの曲はだね、アレンジによってわしが許可を出すか出さんかを決めておるのじゃ。あんたのギターアレンジを聴かせてもらってからのわしの胸先三寸じゃな」あるいは「あの曲は高いよ。100万くれ。そしたらあんたがギターで弾いてもいい」などなど、様々なケースがあるわけで、それを一律にルール化したのが著作権法であって、田中さんもいい曲を作ったら何百人からの使用許諾の連絡が来て、こりゃ電話対応だけでどうにもならんわい、と第三者が、じゃあその業務をこちらで全部代行しますよといって出来たのがJA○RACだ(と思う)。
とにかく第三者に任せて当人の意思が介入しなければ、話にならないとオレは思っていて、それでもそれがルールなのだからといって従うのは世の中の仕組みという風になっている。私も従うところは従います。でも納得いかない場合は従わない場合もあります(そっちの方が多いかも・笑)。
今回の件では全く愉快じゃない思いをした。X社さんからはもしかしたらお借りするかもしれません。しかしゼッテーY社には借りない。Y社の既得権益をさらに潤わせるようなコトするかってんだよ。それでもY社はいい楽曲を多く抱えている。世の中うまく行かないもんだ。