大人。

お昼頃、梅津さんから「CDが手元に一枚もないよ〜」という悲痛な電話が入ったので、本日パルテノン多摩で行われるクラリネット・フェスティバルの会場へ100枚分のCDを持って赴く。初めて降りる多摩センター。それにしても都内からは遠いな。そしてスゲ〜駅周りの風景。どこにそんなカネがあるんだ〜? パルテノン多摩はさすがパルテノンと言うだけあって、パルテノンしてました。ゴージャスであります。
受付の方に事情を説明すると控え室まで連れて行っていただき本日出演のこまっちゃクレズマーの方々とお会いでき、無事梅津さんに100枚のCDを渡すことが出来た。こまっちゃ、見たかったのは山々だったけど、仕事が立て込んでたり夕刻から打ち合わせが入る可能性があったので、そのまま失礼する。
家に戻ってから様々な雑務を片づけているとあっという間に時間が経ってしまう。3-4日仕事しなかったらやっぱり3-4日分の仕事はたまるな。当たり前か。
さて、まぁ色々と本も読むわけだが、今日遅ればせながら倉橋由美子の『大人のための残酷童話』を読んだ。まさに大人のための童話でとても面白かったが、解説を書いているのが島田雅彦で、この解説も実に的確で改めて島田雅彦の独特のキレ味というか頭の良さというか、を再認識した次第。
私も悪知恵をつけた大人に成り果てたわけだが、そういった悪知恵をつけた大人たちが作る世界はなぜこうまで子供じみているのだろうか。最近とりわけ感じるが、中学生でも分かるような注意書きやアナウンスがそこかしこでガンガン目や耳に付くのはなぜ? ウザいったらありゃしない。電車では「ここは7人がけのシートです」だの、TVでは「親は子供を抱きしめろ」だの、道ではくだらない標語やら、最近ではタバコのパッケージのほとんどに警告だ(デザイン台無し)。あの静かな暴力に私は耐えられない。公的機関から国民が道徳的なことを頭ごなしに言われ続けているのだ。言う方としては、あれは絶対にアリバイ的な仕組みになっているのだ。こういうふうにしましたという実績を作っておかないと上司に怒られるからだ。本当〜にバカげている。これは大人ではない。中学生よりもたちが悪い子供だ。いやむしろ自我が確立しておらず世界を取り込もうと躍起になっている子どもたちの方が、残酷であり、ロジカルではなく、その分、世界と親密になっていると思える。世界はキレイゴトで固められればいいと思っている大人がきっと沢山いるのだろう。世界っつーのはそんなもんじゃない。汚濁にまみれ猥雑でぐちゃぐちゃになっていてゴキブリのような生命力を持っている。美しさの陰には醜さがある。その醜さを分からずして真の美しさは分からない。それを分からない大人にはこの本を薦められないな。全く島田雅彦の言うとおりだ。
そういえば倉橋由美子は先月亡くなったのだった。学生時代に読んだ『パルタイ』も忘れられない一冊なのだ。