金の価値。

昼間はまずメタ・カンパニーにマツ・グスタフソンのCDの納品。まだあまりオーダーが集まっていないようだ。その足でディスクユニオン新宿ジャズ館に行って7月1日の梅津和時インストア・ライブの打ち合わせ及びマツ・グスタフソン営業行為を少々。必要なCDがあったのでディスクユニオン新宿ジャズ館、本店、中古センター、タワレコ新宿を探すも、見つからず。がっくり肩を落として帰ってくる。それにしても昨日とは打って変わっていい天気だった。太陽の光がまぶしいくらいだった。
昨年9月にある男に15万の金を貸し、本日中に返せと脅しをかけたら、返ってきた。その男は私の友人である。あえて名はここで明かさない。まぁ連絡はつくので、踏み倒される心配はないとは思っていたのだが、一応住所は聞いておいた。私は本日中にその金が必要であった。本日中にONJOのジャケット印刷代を支払わなければいけなかったからである。これが結構な金額である。
その男がもし今日中に払えないと言おうものなら彼の部屋に押しかけ、CDや本を押収してディスクユニオンに売って金を作る覚悟でいたのだ、オレは。有無を言わさずにCDきっちり300枚を段ボールに入れて押収しようと思っていた。ディスクユニオンのCDの買取価格まぁ一枚\500として300枚で15万だ。それより金額が大きければそれは利子として、返却する気はなかったし、少なければ更にCDや本類を押収しようと思っていたのだった。「夜に返す」という返答だったので、印刷屋には本日中は無理だ、一日延ばしてくれ、ということで了解を取っておいた。これで夜返却してくれなかったら本当に彼の自宅にCDの押収に行こうと思っていたのだった。「肝臓でも目ん玉でも売って金作って返さんかい!」という借金取りのグルーヴ感であったのだ。
ところがあっさり15万全額、戻ってきた。ゲンナマで。
じゃあ飲みにでも行くかということになり彼と二人で神保町に呑みに行った。一件目は彼が「利子だ」といって奢ってくれた。ちょっと飲み足りなかったのですぐ近くでもう一杯。ここは私が奢った。話は盛り上がった。カネと全然関係ないところで。
帰り道、考えた。もし彼が「今日中にやっぱり15万返せない」と言ったらどうだったんだろう、と。確実にオレは彼のアパートにCDを押収に行くだろう。しかし300枚のCDを見たとたん、ディスクユニオンに売るのを止めるのではないか、と思ってしまったのだ。多分オレの聴いたことのない音楽がわんさとあるだろう。(そもそも彼と私の音楽の趣向は似て非なるもので鋭いCDを彼は沢山持っているに違いないのだ。)
私にとって15万のゲンナマとCD300枚はどちらが有意義だったのだろう? もちろんゲンナマは明日までに必要なので現実的に考えればゲンナマが絶対に必要である。しかし聴いたことのない音楽が目の前にわんさとあると思うとそれはそれで惜しい気がするのだ。その300枚のうち数枚を聴いて、音楽の聴き方が変わるかも知れない。新たな感性が扉を開けるかも知れない。
15万とCD300枚は金の価値では同じだが、その内実は全く違うのだ。15万がすんなり返ってくると勿体ない気さえしてしまうこの私のスウィートさ加減はどうだ。イタイだろう、この上なく。
しかしこの友人のこのようなヒリヒリした関係性こそ大切なんじゃないのかとも思う。オレはその友人の自宅に押しかけてCDを押収することを厭わないし、友人は失業者であった去年のオレから15万を借りることを厭わない。まぁそれはお互いの信頼関係なのかなとも思うのであった。